夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末2「後悔先に立たず」

7月末、「身体の具合が悪いから、病院に連れて行って欲しい」

と父から電話がかかってきた。父に会いにいくのは3ヵ月ぶりだった。

 

この前会ったのは桜の季節。満開の桜を見せてあげたいと、近所の桜並木の下をドライブしてから、夕食をともにした。

このとき、わが家のちょっと車高のある4WDの車に乗るのに苦労するほど、足腰が弱ってきているのは、運動不足のせいだと思っていた。

「部屋でテレビばっかり見てないで、歩くようにしたほうがエエよ。もう春だし寒くないんやから、もっと散歩するようにしたら?」と言ったのを覚えている。

その後、6月の最初に電話をして食事に誘ったときは、

「今日はしんどいから、やめとくわ」との答えだった。

 

近所の病院に連れて行こうと、朝8時30分に父が暮らす高齢者専用住宅(以下高専賃)をたずねた。

ドアを開けると、ベッドの上に上半身を起こして、うつろに座っている老人が目に飛び込んできた。

息をのんだ。

言葉が出なかった。

頬がこけ、目がおちくぼみ、生気なく座っているのが、にわかに自分の父親だとは信じられなかった。桜の頃とは別人になっていた。

かたわらに、朝食のトレーを下げに来た高専賃の男性スタッフの長崎さんが立っていた。

トレーの上の朝食はほとんど手がつけられていない。

「食事をあまり食べられないようなんです」と長崎さん。

夫が言った通り、狭い部屋の中に新聞の束が山のように積み上げられていた。

カルピスソーダの缶の山は、長崎さんが見かねて捨ててくれたようで、部屋には見当たらなかった。

 

「とにかく今日は医者に行こう。すぐ近くにあるから。まず小さな病院で診てもらって、紹介状を書いてもらわないと、大きな病院には行けないからね」と私は父に言い聞かせるように言った。

父はだまって聞いているだけ。表情も乏しい。どこまで私の言うことを理解してくれているのかわからない。

パジャマからポロシャツに着替えるのを手伝った。

すると黒いポロシャツの肩に、白い粉がパラパラと落ちた。

払っても払っても、次々とパラパラ落ちる。

頭といわず、顔といわず、ちょっとさわっただけで、乾燥した皮膚がパラパラ、パラパラ、パラパラ・・・際限なく落ちるのだ。

部屋の窓から射し込む光に、クッションフロアのベージュの床が白っぽく見える。床全体にはうっすらと白いほこりが降り積もっているのか?

イヤ、ホコリではなく、これは乾き落ちた薄く細かな皮膚のかけらだ。

私の父はカラダから水分が抜け、干からびたまま生きているのだ。

どうしてこんなになるまで、私は父を放っておいてしまったのか――。

後悔とも懺悔ともわかならい思いが、真夏の空の入道雲のように頭の中で沸き立つ。

 

1階のスタッフルームから車椅子を借りて、父を座らせた。

病院はインターネットで予約しておいたので、待ち時間はほとんどなく、すぐに見てもらうことができた。

「どうしましたか?」とドクター。

「胸が苦しんです。圧迫感があって……」弱々しく答える父。

「今まで大きな病気はしましたか?」

反応が遅い父にかわって今度は私が答える。

「ええ。7~8年前に肺がんの手術をしました。でも5年目の健診も終えて、そのときは再発もありませんでした。ここに越してきたのは2年程前で、こちらに来てからはかかりつけのお医者さんもなく、健康診断も受けてないようです」

「とりあえずレントゲンをとりましょう」とドクター。

看護師に付き添われ隣のレントゲン室に消えた父。

狭い廊下で待っていると、ほどなくドクターに呼ばれた。

モニターに肺の映像が映し出されていた。

肺の中全体に白いクモの巣状の影が広がっている。

白く細い網目のような影が不気味だ。

「ちょっと、うちで治療できる状態ではありませんね。大きな病院でみてもらってください。きっと即入院ってことになるでしょう」

深刻な状態だとすぐにわかった。

「そうですか。本人も体が辛いので入院したいと言っていますから」

「どこの病院がいいですか?紹介状を書きましょう」

「じゃ、聖M病院でお願いします」

私はこの地域で一番大きな病院を指定した。

 

父を車椅子にのせて部屋に戻った。

ベッドのシーツを取り替えてから父を寝かせ、新聞の束を処分し、床全体に掃除機をかけた。

近所のコンビニへ行って、ウェットタイプの床ふきと、ミネラルウォーター、ペットボトルのお茶などを買った。

部屋に戻り、父に冷たいお茶を飲ませ、私も一気にお茶をのんで喉を潤す。

そして床を拭き、トイレと洗面所を磨きあげた。

白っぽかった床が、本来の茶色に戻った。

 

高専賃では掃除をお金を払って頼むことができる。

今まで何度か掃除や洗濯を、ヘルパーさんに頼もうと提案したのだが、そのたびに父は「自分でできるからいい」と言っていた。

私も父が自分でやれるうちは、人に頼むより、体を動かして、自分でやったほうがいいと思っていた。

こんなことになってるのなら、介護保険の申請をして、ヘルパーさんを頼むなり、せめて私が2週間に1回くらい、掃除に来るべきだった。

もっと頻繁に会って様子をみていたら、こんなに痩せこける前に、手を打てたのに……。

 

掃除を終えて、さっきの病院で「紹介状」を受け取った。

この日は夫も私も午後から仕事の予定が入っている。

「明日の朝一番で、聖M病院に行くから。紹介状も書いてもらったから。明日、また迎えにくるからね」と父に声をかけ、部屋を後にした。

「ちゃんと食事をして、水分もとらなきゃだめよ」とも言い添えた。

「はい。わかった」やけに素直に返事する父。

このときは、翌日、聖M病院であんな目に合うとは、私も父も予想だにしていなかった。
暑い夏はこれからが本番だった。

(ヤマダヨウコ)

 

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