夫婦・家族

週刊現代7月3日号「ゼロになって死にたい」を読んで

ずいぶん時間がたってしまったが「肺ガン末期の親を見送った顛末14」の続きを少し書こうと思う。

というのも週刊現代7月3日号「ゼロになって死にたい 0葬のすすめ」を読んで、2年前に亡くなった父のことを思ったからだ。

その記事のリードには

「お墓の前で泣かないで。そこに私はいない――。大ヒットした「千の風になって」の歌詞に多くの人が涙し共感した。いま「千」ならぬ「ゼロ」になって逝きたいという人が急増している」

とあった。

「0葬」とは通夜も葬式もなく、火葬で終わらせること。遺骨の処理は火葬場にまかせ、一切引き取らない。これが「新しい逝き方」なのだそうだ。

今思えば、わが父が望んでいたことも「0葬」だった。

生前より「葬式は必要ない。墓もいらない。遺骨は海にまいてくれ」と言っていた。

 

私の父は2年前の7月に入院し、9月の末に病院で亡くなった。肺がんだった。

息をひきとった時、看護師に「何を着せますか?」と聞かれあせった。なぜならパジャマ以外には入院したときに着てきた、ポロシャツと短パンしか病室にはなかったからだ。選択の余地もないので、それを着せてもらった。

そして葬儀社をすぐに決めなければならなかった。

何も下調べをしていなかった。

もう永くはないとわかっていたが、日々をやり過ごすことしか頭になく、死に対する現実感が希薄だった。親の死の準備など何一つできていなかったのだ。

 

病院から葬儀社のリストを見せてもらい、6~7社の中から選んだ。どこがいいのかさっぱりわからない。何の根拠もないが、JA系のところを選んで電話をした。

30分くらいで葬儀社の担当者が病院にやってきた。

すぐに遺体の搬送先を決めなければならなかった。

どうやら病院では、遺体を長時間、安置してもらうことはできないものらしい。

そんなこと、55年も生きているのに初めて知った。

 

普通なら自宅かお寺に運び、通夜、葬儀への一連の儀式を行うところなのだが、父の希望通りすべてをはしょり、火葬だけしてもらうことにした。後で知ったのだが、こういうのを最近では「直葬」というらしい。父の遺体は、3日後の火葬の日まで葬儀社の保冷室で預かってもらうことになった。

 

火葬の前日に遺体の納棺を行うという。葬儀社にまかせることもできるというが、私と夫は立ち合うことにした。

約束の時間に指定された場所に出かけると、倉庫のような殺風景な場所にある保冷室から、父の体が出てきた。その格好は病院を出た時のまま。もう夏も終わったというのに、冷たく硬直した体は、短パンにポロシャツ姿。むざむざとやせ細った手足をさらしていた。

この姿を見たときは本当に悲しかった。

葬儀社には死に装束をお願いしていたので、漠然と着せてもらえているものだと思っていた。でも、そうではなくて納棺した後に、上からかけるだけなのだという。

私が確認しなかったのがいけないのだが、すでに死後硬直しているので、どうすることもできない。

亡くなったとき、どうしてもう少しちゃんとした洋服を用意しておかなかったのか……。後悔してもしきれない。

 

その夜は短パン、ポロシャツで寒そうな父の姿が頭から離れなかった。働き盛りのときは、いつもスーツでビシッと決めていた人だったのに、あんな情けない姿で送ることになるなんて……。

翌朝起きるとすぐに父のスーツをとりに行き、それから火葬場へ向かった。

火葬場では棺を開け、父の体の上にスーツをのせ、まわりを花で埋めた。これでやや威厳が取り戻せたような気が。この格好なら、あの世で母と会っても恥ずかしくないかなぁ~と、少しホッとしたのだ。

 

(ヤマダヨウコ)

6 Comments

  1. kaoru

    「ゼロ葬」とか「直葬」とか、響きはあまりよくないけど
    お葬式はもっとシンプルでいいと思う。
    それにしても、普段なるべく遠ざけている問題だけど、
    心の準備だけでもは少しづつした方がいいのかな・・・。

  2. YUKO

    KAORUさん
    普段は考えたくない問題だけど、当事者になるとああしとけばよかった、こうしとけばよかったと、後悔することがありますね。

  3. nobuko

    『千と千尋の神隠し』の主題歌の中に、「ゼロになるからだ」という言葉がありましたね。きれいな言い方だと思った記憶があります。

    何もせず、何も残さず還っていくというのも、ひとつの考え方ですよね。

    私の義母は、生前からここと決めた葬儀社にシンプルサイズの葬儀プランを積み立てて、「アタシん時はコレでやってちょうだいっ!」と言っていました。

    聞いた時の義母は元気いっぱいだったので、「まったく‥何を用意良くしてるんスか」と笑いましたが、思いもしないほど早くプランを使う日が来た時バタバタしなかったのは、本当にお義母さんのおかげでした。

    お葬式やお墓のことって、現実になった時に「知っていればもっと他のやり方が出来たのに」という事が出て来ちゃう。

    家族や自分が病気になってからでは、考えられないから、元気で、ショッピングみたいに検討出来る時に、考えるのもいいですよね。

  4. りーたん

    最近、私の周囲でも、このような話を聞きますが、これを「ゼロ葬」と呼ぶとは知りませんでした。現世に何も残さない、残したくない。と考える人が本当に増えていますね。

    私の両親は、すでに病院と「献体」契約を交わしていますが、亡くなったとき、私たち兄弟がどう動くか、その時になってみないとわからないような気もしています。なんだかすごく難しい宿題を託された気分です。
    どんな方法を選択しても、残された者は後悔するのかもしれないですね。

  5. YUKO

    NOBUKOさん。あっぱれなお義母さんですね。私なんか子どもがいないので、自分が死ぬときはどうするべきか、今から考えとかなくちゃと思います。

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