夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末14「死の準備」

入院をして約2ヵ月。

長女の私と、たった一人の看護師に看取られながら、父はあっけなく息を引き取った。この日、主治医は休日だった。

他に親類、縁者が立ち会うこともなく、長男すら来ない。

82歳の生涯を閉じるには、寂しい幕切れだが、これも父の人生だ。

 

看護師が言った。

「主治医の植木先生は、今、こちらに向かっていたのですが、間に合いませんでした。死亡確認、どうしましょうか? 当直の先生が行うこともできますし、もう少し待っていただければ、植木先生が到着しますが……」

「誰にしていただいても、別に構いませんけど」と私。

 

生きていること自体が辛そうだった父。主治医がいたとしても、延命処置をお願いするつもりはなかった。できることなら、一刻も早く、体に取り付けられた、管の数々から開放してやりたかった。

 

しばらくすると、見慣れない若い医師が病室に入ってきて、私に挨拶をし、死を確認した。

目元をライトで照らしたり、脈をとっていたような気がするが、実はよく覚えていない。

「午前1時8分。ご臨終です」

「お父様とお別れしてください」と看護師が言って、医師と看護師が病室から出ていき、私はその場に残された。

ものの5分~10分ほどすると、看護師が2人やってきて

「管などを外して、処置をいたします。お呼びするまで外で待っていていただけますか?」と言う。

私が病室の外のイスに座り、所在なげにしていると、夫が到着した。

 

「ずいぶん、急に逝っちゃったんだね」

「うん」

「おとといくらいまでは、会話もできてたのにね」

「うん。でも、これで大嫌いな点滴からも開放されるし、ママのところにも行けるし、よかったんじゃないかな」

「最初に行った聖M病院では、もって1ヵ月って言われたんだから、頑張ったほうだよね」

 

そんな話をしていると、病室から看護師が出てきた。

「洋服、何を着せますか?」

「え? 洋服……ですか??」

 

看護士さんたちが、父の体をきれいに拭き清め、旅立ちのための準備をしてくれている。

洋服はどれを着せるのか?、と聞かれているのだが、病院に置いてある洋服は、入院した8月のはじめ、猛暑の折りに身に付けていた、半袖のポロシャツとユニクロで買った短パンしかない。

入院後、パジャマは新しいものを何着も購入していたのだが、洋服は着てきたものしか置いていなかった。

 

看護師さんたちはてきぱきと作業を進めている。

これから家に取りに行くから、待ってて欲しい、とは言いにくい。

 

仕方がないので、入院していたときに着てきた洋服を着せてもらった。

「まだ、けっこう暑いし……。ポロシャツに短パンなんて、若々しくていいんじゃない」

私は父に言い訳するように、つぶやいた。

ベッドの上で横たわる父は、半袖のポロシャツと短パンから、やせ衰えた腕と足を、むざむざとさらしている。

威厳のない、情けない恰好。

 

いくら、残暑が厳しいとはいえ、もう9月も末。

夜の空気には秋の気配が満ちている。

 

ゴメン。

こんなことなら、ちゃんとした洋服を、病室に置いておくべきだったね。

 

もうずいぶん前から、父の死を覚悟していたはずなのに、亡くなったときに着せる洋服を用意しておくなんて、まったく思いつかなかったよ。私…。

 

でも、その時はまだ、葬儀社の人が、後で死に装束を着せてくれるのかな、と漠然と考えていた。これが最後の最後まで、身につけるものになるとは思っていなかった。

 

(ヤマダヨウコ)

 

 

 

 

 



 

 


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