夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末13「死に立ち会う」

父の足の付け根のあたりからは何本もの管が出ている。

尿を出すための管。 そして、点滴用の管。

ついに足の付け根の中心静脈から点滴を打つことなったのだ。

娘である私がサインして同意したからなされる処置なのだが、父はとにかく点滴を嫌がっている。これが果たして正しい判断であったかどうか・・・・・・。

いつものように、夕方見舞いに行くと、父の手に手袋がはめられ、自由に動かないように拘束されていた。

私の顔を見ると父が「これ、外してくれ~」 と苦しい息づかいで言う。

カテーテル(管)を、父が無意識に管を引きちぎってしまう可能性があるから、と看護師は説明した。

中心静脈に埋め込まれたカテーテルを引き抜くと、大出血する恐れがあり、とても危険なのだという。

「娘さんがいらしている間は、拘束を外してもいいですよ」と、看護師は父の手袋や、ベッドにくくりつけられているベルトを外した。

きっと私は、とても悲しくて複雑な顔をしていたのだろう。

看護師は「こういうの、見るの辛いですよね。拘束しなくていいように先生に相談してみますね」とも言った。

 

食事もすでにほとんどできない。

トイレすら自分でできない。

寝たきりで、管だらけ。

快方に向かう可能性もない。

 

父はこれ以上、苦しい時間を過ごす必要があるのだろうか。

生きている意味があるのだろうか。

もし、私が父の立場だったら、 もう十分に生きた。

早く死にたい、と思うだろう。

 

私は医師に言った。

「もし、今後、父が点滴を嫌がって、カテーテルを引き抜くようなことがあったら、もう点滴はしなくてけっこうです。私は父が、必ずしも長く生きればよい、とは考えていません」と。

医師は 「だんだん、点滴を抜く、そんな元気もなくなってくるでしょう」と言った。

 

その日はあっけないくらい早くやってきた。

9月22日。

いつものように夕方、病院へ行くと看護師が言った。

「もう少しして来られないようでしたら、お電話しようと思ってました。今日は朝から熱が高くて、かなり状態が悪いです」

父のベッドの横には、生体情報モニタ(ベッドサイトモニタ)が置かれていた。

モニター3

 

心拍数がかなり高い数値を示している。

口で行う呼吸はあらく、胸が大きく上下している。

 

 

 

 

 

午後10時頃、熱がやや下がったので、このまま小康状態を保つかに思えた。

しかし夜中の1時から、ベッドサイドモニタのランプがアラーム音とともに点滅するようになった。

 

呼吸が止まる瞬間が何度かあり

「息するの忘れてるよ!」と私が父の肩を叩くと

また呼吸を始める。そんなことを何度か繰り返した後

やがてモニタの波形がフラットな線になった。

 

担当のドクターは、今日は休日だった。

いよいよ、というだんになって、病院に向かっていたらしいが、間に合わなかった。

ドクターに来てもらっても延命をお願いするつもりはなかったので、間に合おうとなかろうと、私には大きな意味がないと思った。

一人娘の私が看取れば、それでいい。

「これでやっとラクになれたね。

パパが嫌いだった点滴からも開放されるよ。」と私は父に心のなかで話しかけた。

 

(ヤマダヨウコ)

 

 

 

 

 

 

 

 

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