夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末12「虚言、妄想・・・どうなっちゃうの?」

父の入院中、一日1回は病院に行くようにしてきたが、この日は京都日帰り出張だったので、夕方、夫に病院に行ってもらうことにした。

父のことと仕事。両方を切り回していくのには夫の協力が不可欠だ。

物理的には可能でも、一人では精神的にキツイ。

その点では夫に助けられている。

 

父はこの日もわけのわからないことを言っていたそうだ。

「今日は看護婦がケンカして一人やめた」とか。

そんな話、どこで思いつくのだろう。

不思議だ。

 

翌日行くと、ベッドの配置が変わっていた。

今までは部屋の中央にベッドがあったのだが、ベッドが壁側に寄せられていた。

落ち着きがなくベッドから落ちる可能性があるので、壁側に寄せ、ベッドの手前にはサークル(柵)も付けられていた。

徘徊する可能性があるし、点滴を勝手に(無意識に)抜いたりするとか。

本当に点滴が嫌みたいだ。

 

主治医から話をしたいと言われた。

「家に帰すのなら今しかないですよ」と言われる。

「家」と言われても、うちには特に思い入れのある「家」ってやつがない。

父がここ2~3年一人で暮らしていた高齢者用賃貸マンションか、うちのマンション。どっちに帰ったところで、誰かがつきっきりでみているなんてできないし、父にとってさほど思い入れのあるものとは思えない。

主治医がなぜ家に帰ることにこだわるのか?

人にはそれぞれ事情ってもんがある。

 

医師からは、今まで腕に打っていた点滴だが、針を刺した部分が固くなってきているので、これ以上腕に打ち続けることが難しくなってきている。そろそろ血管の太い、足の静脈に入れたほうがいいと言う。

そしてこれを行うには家族の了承とサインが必要とのこと。

点滴を嫌がってきた父に、さらに今までよりも太い血管に点滴を入れる。

いかがなものだろう。その判断を私がくださなければならない。

あ~。気が重い。

静脈に点滴を入れている時、これを引き抜くと大出血になるとか。父が無意識に抜いてしまう恐れがあるので、それも心配だ。

 

さらに言われたことは、このままずっと入院するのは難しい、ということ。

転院するか、一度自宅に帰って数日を過ごし、再入院するか・・・。

「高齢者が入院できるのは最長で3ヵ月くらいっていうのを聞いたことがありますが、そうなんですか?」

「その長さは、症状によって異なります。具体的には点数を計算したりしないとわかりません。今すぐ退院しなきゃならない、ということにはなりませんが、病院のカウンセラーとよく相談してください」

 

なぜ、そのような制度になっているのか、帰ってネット調べたが、よく理解できない。

ただ、入院が長引くと保険の点数が減って、病院に損が出るような仕組みになっていることだけはわかった。

そして、その入院期間は一時退院して再入院しても、転院しても通算されると書かれていた。だったらなぜ、今の病院は一時退院や転院をすすめるのか?

通算で計算されるのなら、意味がないような気がする。

やっぱり、よくわからない。

 

父はと言えば、9月10日を過ぎて、食事もほとんどとらなくなった。

ハァハァと息が苦しそうで、会話もままならない。

北海道産の果肉がオレンジ色のメロンを2切れだけ食べた。

「もっと食べなきゃ」と言うと

「もう、カンニンしてくれ~」と言う。

 

虚言、妄想はどうやらおさまっているが、なぜか落ち着きがない。

「起きる」といってベッドに上半身を起こしたかと思えば、すぐまた寝たり

這うようにして起きて、ベッドの横に置いてあるポータブルトイレに行き「小」をたし、ベッドにやっとの思いで戻ったかと思えば、すぐに「大」をする、と言って、また起きあがる。

 

看護師さんいわく、

「便器に座って用を足しながら、もう『しんどい』と言って、垂れ流した状態でベッドに戻ろうとなさるんです。ヤマダさん、トイレは自分で行く、ということにこだわりがあるようでしたから、今までベッドの横にポータブル置いて、介助しながら排泄してもらってきましたが、もう自力で用を足すのは困難かもしれません。トイレをするだけで、相当体力を消耗しますから。紙おむつを買ってきてください。病院にも紙おむつは用意されていますが、ドラッグストアなどで買われたほうが安いですからね」

 

トイレと人間の尊厳は密接だ。

垂れ流し

紙おむつ

聞きたくない言葉だが、これが終末期の現実。

人はおむつに始まり、おむつで終わるのだ。

 

(ヤマダヨウコ)

 

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