夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末11「夢か、うつつか、幻か……」

9月に入って10日を過ぎたのに、まだうだるような暑さが続いていた。

毎日、夕方の6時頃に病院に行くのを日課にしているが、この日は都内での取材、打ち合わせと続き、病院に着いたのは6時半を回っていた。

 

病室のドアを開けると、父がいきなり強い口調で言った。

「ヨウコ。何しとったんや。全然、連絡とれへんかったやんか! エイジさんもヨウコと連絡とれへんいうて、困ってたで!!」

「えっ? なんで?」

あわててスマホを取り出し、着信を確認してみた。

ちゃんとバッテリーがあるし、別に夫から連絡は入ってない。

「別に、連絡入ってないよ。急ぎの用事があったらケータイに連絡入れたらええんやから。病院にも私のケータイ電話の番号、教えてあるし。」

すると父が言った。

「今日、労働争議が起きたんや。ストライキで看護婦が誰もおらへん。パパ、1人で病院に残されたんや」

 

労働争議?

ストライキ?

なんや それ?

 

病院でストライキなんてありえない。

来たとき、確かにナースステーションに人は少なかったけど、夕方のこの時間、看護師の人たちは、病人に歯を磨かせたり、薬を飲ませたりと忙しいので、ナースステーションに人が少ないのはいつものことである。

実際、隣の病室では、ごはんを食べたくない、と駄々をこねるおばあさんを、なだめすかしながら食事をとらせえている看護師の声が聞こえてくる。

病院のなかは、いつもと変わらない。

いったい父は何を言っているのだろう。

おかしいな、と思いつつも、真剣に取り合わないことにした。

 

「それはそうと、夕食は何か食べたの?」

「・・・・・・」

何も食べてないのだ。

最近は、食事を持ってくる人に、「食べたくないのですぐに下げてくれ」と言っているようだ。

困ったものだな、と思っていると、突然父が叫んだ。

「ドアのとこに変な人が立ってる。ほら、ドアをどんどん、どんどん叩いてる」

私はびっくりして、振り返って見たが、病室のドアはいつものように開け放した状態で、そこには誰もいない。

「誰もいないよ」

と私が言っても

「ほら、そこに立ってるやろ。おまえの後ろに」と父。

 

肌が粟立ち、思わず両腕をさすった。

あ~、ついにこんなにハッキリ幻覚を見るようになったのか、という気持ちと、もしかして、父にはこの病院で亡くなってもなお徘徊している人が見えるのかも、という気持ちがないまぜになって、私をおびやかした。

 

帰りにナースステーションに立ち寄り、看護師に

「今日はなんか、意味不明なことを言うんですけど」と相談した。

「そうなんですか。お薬のせいかもしれませんね」と看護師。

「薬のせいなんですか……」

「気を付けてみるようにしますね」

「よろしくお願いします」

 

病院をあとにした。

病院から駅までの道は、いつもと変わらず賑やかだ。

オープンエアで焼肉を食べさせる店があり、友達同士や家族で七輪を囲む姿が見られる。

汗だくで食べながらも、みんな楽しそうだ。

私の父には、もう、こんな時間は二度と来ない。

時計が巻き戻せるものであれば、もっと頻繁に会って、一緒に食事や旅行に連れて行きたい。

道路にまであふれる、焼肉の香ばしい匂いに包まれながら、後悔の涙が流れた。

 

(ヤマダヨウコ)


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