夫婦・家族

1「私って薄情な人間?」

7月15日は母の命日。
母が亡くなったときのことを思い出した。

真夏の太陽の元、船釣りやシュノーケリングをしたせいで、早い時間からぐっすり眠り込んでいた。夕食時に飲んだ泡盛の水割りが、睡眠をなおさら深いものにしていた。
ケータイの着信音が、遠くから徐々に近づき、実は頭のすぐ脇で鳴っているとわかったのは、30回以上コールがあった後だった。
ねぼけたままケータイを握り、時計を見ると0時を少し回ったところ。
夜中の電話――、若いときなら「これから飲みに出て来ない?」と誘いの電話だったり、女友だちから恋愛の話を聞かされたりすることもあったが、この年齢になると悪い知らせに決まっている。
「ヨウコか?」と父親の声。
「どうしたの」と私。
自分では覚醒してしゃべっているつもりだったのに、実際に口から出たのは、寝起きのくぐもった声だった
「さっき病院から電話があって、すぐ来るようにって言われたから今から行ってくる。ママ、危ないらしい。ヨウコも来れるか?」
嫌な予感は的中した。
歩くことができず、アルツハイマーでもあった母が、風をこじらせ、肺炎を併発しそうだということで入院したのは3年ほど前だった。
入院直後の母は、お見舞いに行った私の呼びかけに答えて笑顔を見せることもあったが、食事がとれず、管で栄養を与えられているうちに、生きる気力を失ったのか、ベッドの上でただ眠っているだけの人になってしまった。植物状態になってからは比較的安定していて、私としては、漠然と、しばらくはこのまま生きていくのだろうと考えていた。

それなのに、なんで今、このタイミングなの、という気持ちが沸き上がる。

「私、沖縄に来てるのよ。しかも今は、渡嘉敷島っていう島にいるの。すぐには行けないよ」
後ろめたいような胸苦しい気持ちから、仕事ではなく、遊びで来ていることは言わなかった。ライターという仕事柄、始終あちこちに出張しているので、きっと父は今回も仕事だと思っているだろう。
「そうか。そりゃ、しゃあないなぁ。じゃ、とりあえず病院へ行ってくる。何かあったらまた電話するわ」
「うん。そうして」
電話を切ると、夫がベッドの上に起き上がり、心配そうに私を見ていた。
「ママ、危篤らしいわ。明日、朝一番で船と飛行機のチケット手配しないと」
本州よりも早い梅雨明けの沖縄で、夫婦してひと足早い夏休みを満喫し、高揚していた気持ちは、一瞬にしてしぼんでしまった。

 ウトウトしていると3時頃、再びケータイが鳴った。
「とりあえず、今のところはなんとか大丈夫そうや」
疲れてはいるが、ホッとした父の声が聞こえてきた。
「うん。よかったわ」
「あわてて帰ってこんでもええよ」
「そう……」
「状況が変わったらまた電話で知らせるわ」
「うん、わかった」
人間、そんなに簡単に死ぬもんじゃない。きっとこういうことをこれから後、何度も繰り返しながら、少しずつ死に向かってゆくのだ。そのとき、私はそう思っていた。

翌日は午前の船で渡嘉敷島から沖縄本島へ移動。母は小康状態を保っていると信じて、当初の予定通り、本島のホテルでもう一泊し、次の日の午後の飛行機で帰ることにした。
那覇では赤や青、毒々しい原色の魚や豚の顔が並ぶ牧志公設市場を歩いたり、食事を楽しみ、前に仕事で来て気に入っていたバーにも行った。
ホテルに帰って、帰るための荷物のパッキングをすませ、ベッドに入るとケータイが鳴った。父からだった。
「ママ、今、息をひきとったわ」
「…………」
なんと言ったらいいのか言葉が見つからない。
やはり今日、すぐに帰るべきだった。
私は薄情な娘だ。少しだけ自分を責めたが、不思議と大きな悲しみの感情はわいてこなかった。

両親は神奈川県の藤沢に住み、私は当時東京都の調布市に夫と二人で暮らしていた。
母は入院する前から車椅子の暮らしで、認知症も患っており、要介護5の認定を受けていた。ヘルパーの助けを受けていたとはいえ、ずっと父が一人で下の世話から食事の世話までこなしていた。母が入院してからも、週に3回は見舞いに行くという生活を送ってきた。
正直なところ、長い寝たきり状態から死に至った母よりも、父の心の有り様の方が心配だった。

羽田行きの朝イチの便は、1席しか空席がなく、私が乗り、夫は後の便で追いかけることになった。
那覇空港を飛び立った飛行機は、真夏から梅雨の季節へと戻っていく。
飛行機が旋回すると、通路側に座っている私の目からも、濃い藍色の外洋と白い波がくだけるリーフの境目がはっきり見て取れた。
その海もやがて視界から消え、飛行機が雲の中に入った頃、じんわりと母の死を実感した。
しかし涙が出ることはなかった。
母はきっともう十分に生きたのだ。
身体に管を通され、食事も楽しめず、生ける屍のような状態でベッドに縛り付けられているより、今は、きっとラクになったに違いない。
人の死が一様に悲しいものではないことを、私はこのときはじめて知った。 後編を読む
(ヤマダヨウコ)

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