夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末1 「父からの電話」

話は少し飛びますが、現在進行形で直面していることを、書きます。


母が亡くなり、藤沢の団地で一人暮らしになった父。

もっとウチの近所で暮らせば、もう少しは頻繁に会って一緒にご飯を食べたりできる機会も増えると思い、川崎市高津区に新しくできた高齢者専用賃貸住宅(以下、高専賃)に転居した。

住み慣れた場所で暮らし続けるという選択もあるが、特に近所の人と親しくしている様子もなく、父本人が「ヨウコのそばに引っ越したい」と希望したので、一緒に3軒の高齢者専用住宅を見学してまわり、本人が気に入ったところに入居した。

 

それが今から3年前、2009年10月のこと。父は79歳になっていた。

居室はいわゆるワンルームマンションの様相で25㎡。とても狭いが、トイレや浴室は手すりなどがしっかり取り付けられ、例え車椅子の生活になっても暮らしていけるように配慮されている。

ミニキッチンが居室にあるが、食事サービスを申し込んだので、一日3食をパブリックスペースのダイニングで食べられる。食事に出ていかないと、職員が安否を確かめてくれる。

食べ物の好みが何かとうるさい父にとって、ここで提供される食事は必ずしも満足できるものではなかったが、栄養のバランスは考えられているので、自炊で決まったものしか口にしないよりはいいかと、私は考えていた。

また、ダイニングでは他の入居者の人とも顔をあわせることになるので、コミュニケーションが生まれ、新しい人間関係が発生するのでは、という期待もあった。

 

引っ越してきた当初は、2週間に一度くらいのペースで、私や夫のエイジと一緒に外食をしたり、ウチで夕食をともにしたりしていたのだが、だんだんこちらの日常の忙しさにまぎれて、会う機会が減っていった。

そのかわりといってはなんだが、夕飯に招くときは、少しでも好きなものを食べさせてあげたいと、心をくだいた。

わが家としては、かなり奮発して上等な肉を買って、すき焼きをしたり・・・。

しかし、父に悪気はないのだろうけど、「肉はやっぱり神戸やなぁ~」とか、ムカッとくることを言う。だいたい神戸牛なんか近所に売っていない。

また、こちらから電話をして「今日、うちにご飯食べにこない?」と誘っても、父の方で「今日は出かけたくない」ということもあった。

せっかくよかれと思って誘ってるのに、と少々不満な気分になることも。

そんなことが重なり、二週間に1回会っていたのが、1ヶ月に1回になり、だんだん間があくようになり、この半年間は疎遠になっていた。

 

猛暑が続く7月末の日曜日の夜、父から電話があった。

「具合が悪いから、近いうちに一度来て、病院に連れてってくれへんか」と言う。

「どんな風に具合が悪いの?」と聞くと、

「胸に圧迫感があって、息苦しいんや」という。

「私、明日からの2日間は一日中仕事が詰まってって、時間がとれないのよ。」

「そうか、時間ができてからでええから一度来てや~」

「明日とりあえずエイジさんに行ってもらうようにするから、近くの病院でみてもらってよ」

夫のエイジはフリーランスのカメラマン。明日は仕事が入っていない。

一方私は明日から2日間続けて、初めての仕事先との打ち合わせがある。これは1ヵ月以上も前から決まっていた予定で、外すことができない。時間も朝から夕方までたっぷりかかる。

とりあえず、私の代わりに夫に父の様子をみてきてもらおうと考えた。

父は川崎市に引っ越してきてからは、かかりつけの医者がないようだったが、高専賃のある同じ敷地内に、内科医がある。とりあえずは、そこへ連れて行ってもらおうと思った。

 

翌日、私が仕事を終えて帰宅したのは夜の8時頃。

「どうだった? 今日、行ってくれたの?」と私。

「うん。行ってきたよ」

「病院、連れて行ってくれた?」

「いや。すぐ近くに病院があるから、そこに行こうって言ったんだけど、行かないって言うんだ。ヨウコに、大きい病院に連れて行ってもらうって。そこで、もう入院したいって」

「えっ? 何それ・・・・・。だいたい病院って、町医者に紹介してもらってから大きい病院に行くもんじゃないの。大病院に紹介もなしに突然行って、入院ってわけにいかないよね」

「僕もそう思って、言ったんだけど、本人がヨウコと一緒じゃないと行かないって言うんだから仕方ないよ」

もっと強く言って、無理やりにでも病院に連れて行ってくれたらよかったのに、と思ったが、自分の父親のことを夫に頼んでおいて、文句を言うのは悪いと思い、喉元まで出ていた言葉をのみこんだ。

「僕の言うことはあまり聞いてくれないからね。それにしても随分やせてたよ。高専賃のスタッフの人と少し話をしてきたんだけど、ほとんど食事にも出て行ってないみたい。だからスタッフの人に、しばらくの間、食事を部屋に運んでくれるように頼んできた。」

「そう」

「部屋の中にカルピスソーダの空き缶と新聞がいっぱいたまってた」

ゴミを出すこともできなくなってたのか・・・。

「それで、そのゴミ出してくれたの?」

「いや。捨てようか?って聞いたら、そのままでエエって言うから。一応、新聞はいつでも捨てられるように、ヒモで縛ってきたけど」

そこまでやってくれたんなら、ゴミ捨て場まで持っていって出してくれればよかったのに・・・。

父は夫には遠慮があるからか、あまりモノを頼みたがらない。だからといって、そのまま帰ってくることはないのに、と思ったが、その不満ものみこんだ。

 

翌日、打ち合わせの間にクライアントの人たちと昼食をとっているとケータイに父から電話が入った。店の外に出て、電話に出た。

「どうしたの?」と聞くと

「ヨウコ。早う、来て欲しいや」と弱々しい声で父。

「この2日間はずっと仕事が入っていて時間がないの。だから昨日、私の代わりにエイジさんに行ってもらったでしょ。なんで病院に行かなかったの? ちゃんと近所の病院に行ってからでないと、急に大きい病院なんかには行けないのよ」

「・・・・・・・・」

「とにかく明日は行けるから。明日、朝一番で行くから」

「うん、わかった。じゃ、明日来てな」

電話は切れた。

 

父のあまりにも弱々しい声に動揺しながらも、私はランチの店に戻った。午後からも仕事の打ち合わせは続くのだから。

(ヤマダヨウコ)



 

 


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