夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末5 「パニック脱出!」

肺ガン末期の82歳の父。

入院拒否の大病院、聖M病院の紹介状を持って、総合T津中央病院へ行き、入院できるかどうかカウンセラーに相談する。

相談室でしばし待たされ、果たしてその結果は?


 

平成24年 8月4日 AM10:00

「呼吸器の先生に相談してきます」といっていなくなったカウンセラーの槌屋氏を、私は相談室で待った。

 

ここでも入院できなかったらどうしよう……。

8月は仕事も詰まってるし、出張もある。

父の暮らす高齢者専用住宅に通って、介護をすることになるのだろうか?

私が行けないときは夫に頼む?

兄とは父も私も断絶状態だし、他に頼める人もいない。

それとも、自宅にひきとって、介護をする?

いや、そんなの絶対無理!!

3LDKのマンションを、仕事部屋とLDK+寝室のワンルームに改造している我が家では、父のスペースを確保するのは難しい。そんなところに連れてこられても、父も落ち着かないだろう。

第一、私には介護の技術も、それをする自信もない。そのうちシモの世話とかも必要になるよね。

そんなの、どう対処すればいいのか、まったくわからない。

それにしても、昨日の聖M病院の女性のカウンセラーは、対応がなんだか〝人事”って感じだったけど、ここのカウンセラーは親身になってくれているように感じられる。

待っている間、頭のなかにいろんなことが断片的に浮かんだが、解決の糸口は見つからず、すべては堂々巡り。

どうか、どうか、入院できますように……。

祈る気持ちで、槌屋氏の戻りを待った。

 

相談室の扉がカチャリと軽い音をたてて開き、槌屋氏が現れた。

小柄な体躯に、ベースのように四角張った輪郭の顔。目は小さいが切れ長で誠実そうな槌屋氏。

私は彼の顔をじっと見て、どんな返事をたずさえて戻ってきたのか、さぐろうとしたが、まったくわからなかった。

審判をくだされる被疑者のような気分で、彼がイスに座り、口を開くのを待つ。

その間は、ほんの10秒か15秒ほどだったが、私にはとても、とても、とても長い時間に感じられた。

 

槌屋氏が口を開いた。

「呼吸器の先生が、入院を受け入れるといっています。今からお父さんを連れてきてください。診察をして、その後、そのまま入院できます」

「ホントですか!! あ~、ヨカッタ! ありがとうございます!!」

かすみのかかっていた目の前がパッと晴れたような気がした。

「ただ、当面は個室でお願いしたいのです。差額ベッド代が1日7,350円別途かかりますが、よろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」

お金のほうは、なんとでもなるだろう。

今ここで、差額ベッド代をケチッって、入院をご破産にするようなことはできない。父にとっても、プライバシーがカーテン1枚という病室よりも、個室のほうが気が休まるだろう。

「しばらく様子をみてから、もし個室じゃないほうがいい、ということでしたら、4人部屋とか6人部屋へ移ることは可能です」

「はい。でも、父も個室のほうがきっと気楽でいいと思います」

「じゃ、お父様を連れてきてください。どのくらいで来れますか?」

「これから連絡をして、すぐに。いつでも出られるように待機してるはずですから、たぶん30~40分で」

「わかりました。じゃ、到着されたら私に声をかけてください。相談カウンターの奥にいますから」

ああ。槌屋氏の四角い顔が、慈愛に満ちた天使に見える。

「ほんとに、ほんとに、ありがとうございました。もう、昨日からどうしていいかわからなくて……。ちょっとパニックになってたんです。助かりました。ありがとうございます」

どんなに感謝の言葉を重ねても、言い足りない気持ちだった。

私は相談室を出て、病院待合室の片隅にある携帯電話がかけられるエリアから夫に電話をした。

「入院できることになった! すぐに連れてきて!」

「よし、わかった」と夫。

こういうとき、快くサポートしてくれる夫にも感謝である。

 

病院の表に出て待っていると、ほどなく父と夫が到着した。

相談カウンターの槌屋氏のところに、そのことを告げに行くと、カウンターの一番近くに居た女性が私の方を見ていった。

「先ほどはすみませんでした」

一瞬何のことを言われているのか、わからなかった。

「私、事情を知らずに、『初心受付をしてください』なんて言ってしまって……」

ああ、この女性は、私がこの病院に来て、最初に、まず相談したいと思って声をかけたとき、にべもなく「はじめての方は初心受付をしてください」と言った女性だ。

でも、まさかそんなことを誤ってくれるなんて。

意外だった。

こちらから要求したわけでもないのに、非を認めて誤ってくれた。

相手の立場にたった、その心遣いがうれしかった。

「いえ、そんなこと」

そう答えながら、なんか涙がでるほどうれしくて、あたたかな気持ちになれた。

 

ここ2~3日の間に、いきなり立たされた窮地。

自分が何もできない、無防備な人間だったことを思い知らされるとともに、自分をとりまく社会や人に対して、敏感になった。

人って一人では生きられない

当たり前のことだけど、つくづくそう感じる。

 

(ヤマダヨウコ)

 

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2 Comments

  1. tomoko

    私も実父が84歳、義父が81歳。
    なので、毎回、身につまされ、その後の展開がとても気になります。
    親のことももちろんですが、自分たちの老後のことも今のうちから夫婦で話し合っておかないと…と思います。

  2. ヨウコ

    漠然とは考えていても、その時になってしまうと、実は何も考えていなかったということに気がつきました。普段から楽観主義なのですが、こういうことは楽観的にはいかないものですね。

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