夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末4「病院へ一人で突撃直談判」

82歳の父、肺がんの末期だと宣告されるも、大病院の聖M病院では入院できないと告げられる。同病院のメディカルサポートセンターで、別の病院を紹介され、翌日の土曜日に出かけることにした。


AM8:30 朝から容赦なく太陽が照りつける中、父の暮らす高齢者専用住宅へ向かう。館内は温度が一定に保たれ、汗がひく。

部屋に入ると、昨日より一段とげっそりやつれた父が、ベッドの上にいた。床の一部に茶色い汚れがある。トイレを見てみると、便座も茶色く汚れている。

どうやら、夜中か未明、トイレに間に合わず、少し汚してしまったようだ。

 

ついに、ここまで来たか。一刻の猶予もない、という思いが深まった。

 

この弱りきった父を連れて、また昨日のように何時間も病院で待たされ、あげくにベッドがいっぱいだから入院できない、なんてことには耐えられない。

入院できる可能性があるのか、ないのか、確かめてから父を連れて行こうと決めた。

父を夫にまかせ、まずは私だけで病院に行くことにした。

 

 

初めて訪ねる総合T津中央病院。

1階の外来受付の横に、総合相談センターというカウンターがあったので、聖M病院で書いてもらった紹介状を見せて相談しようと声をかけると、カウンター内の女性に

「初めての方は初心受付をしてください」と言われる。

初心受付のカウンターに行くと今度は

「申込用紙を書いてください」と言われる。

申込用紙を書いて再び受付へ。そこで、私は

「聖M病院に紹介されてきました。昨日、聖M病院へ行ったんですが、診察に1日がかりで、病人がとても疲れてしまったんです。今日はすごく具合が悪いから、診察時間のメドがついてから連れてきたいと思うんですけど。それから、入院を希望しているんですが、もし満床とかで入院できない状態でしたら、診察を受けても仕方ないので、入院できる可能性があるのかないのか、それを診察を受ける前に教えてください」と言った。

 

受付の若い女性は、私のたたみかけるようなもの言いにとまどったような表情を浮かべ

「入院できるかどうかは先生が判断するので、まずは診察を受けていただかないと……」と言う。

「それはそうかもしれませんが、もしこの病院が物理的に入院できない状態だったら、こちらは入院を望んでいるんですから、ここで診察を受けても無駄になるでしょう。昨日、聖M病院では診察にまる1日かかって、結局、入院を待っている人がいっぱいだから、うちでは受け入れられないって言われたんです。病院に行っているのに、よけいに具合が悪くなって……。もし、こちらの病院でも入院が無理だったら……、診察を受けても入院できないんだったら……」

 

不覚にもしゃべっているうちに、感情が高まり、声が詰まってしまった。

すると、カウンターの奥から、ただならぬ雰囲気に気づいた少し年配の女性が出てきて、「どうしましたか?」と声をかけてきた。

今の状況をもう一度説明すると、

「少しあちらの席でお待ちください。カウンセラーと相談してみますので」と言った。

……だから、最初に相談カウンターに行ったのに……と思いつつも、私は待合のベンチに腰掛けて、冷静さを取り戻そうと深呼吸を繰り返した。

 

ほどなくして一人の男性が私の前にやって来て、「あちらの部屋にどうぞ」と相談室のプレートがかかった部屋に案内してくれた。

差し出された名刺には総合相談センター/医療連携課 係長、槌屋○○と書かれている。名前の下には(社会福祉士・介護福祉士・介護支援専門員)と記されていた。

私は聖M病院に書いてもらった紹介状を渡しながら、昨日からのいきさつを話した。

以下が紹介状の内容である。

 

 

傷病名 多発転移性肺癌

紹介目的 ー

既往歴及び家族歴 ー

総合所見 いつもお世話になっております。上記患者につきご相談お願いいたします。半年前より出現した全身倦怠感、るいそう主訴に当院を受診されました。胸部CTをお撮りしますと、肺内に多発する腫瘤陰影を認めました。同時に行いました血液検査ではCEA50以上と高値を認めています。お話をお聞きすると○○市民病院で8年前に肺腺癌の手術を受けておられ、(期間はあいていますが)再発であると考えられます。ご高齢であること、すでに末期であることをご家族に説明しましたところ、同居されていないために終末期をおみとりいただく病院を探してほしいとのことでした。お忙しいところ大変申し訳ありませんが、上記につきご検討お願いできないでしょうか。宜しくご検討下さい。ご本人には肺癌再発の可能性が高いが現状ではとても治療ができないとお話をしています。宜しくお願いします。

 

 

「聖M病院では、なぜ、うちをすすめたのでしょう?」と槌屋氏。

「なぜすすめたか? ……、わかりません。聖Mのメディカルサポートセンターの人が、こちらを訪ねてみるようにと言ったので。でも、どこの病院も入院を待っている人は多いので、入院できるかどうかはわからないと言われました」

「うちの病院も〝治療をして、病気を治して退院していってもらう病院〟ですし、ベッドの空きは厳しいんですが……」

 

やはり、ここの病院も入院は無理なのか……、絶望感が胸に広がり、うなだれてしまう。その表情をみてとったのか槌屋氏は

「どこか他の病院も検討していますか?」とたずねた。

「昨日の今日ですし、まだどこも検討してません。昨夜ネットでちょっと調べたのですが……、緩和ケアをしている病院の病床があまりにも少ないのに、愕然としました」

「そうですね」というと、槌屋氏は少し考えてから

「今日は呼吸器科の先生がいますので、相談してみます。少しお待ちください」と言って席をたった。

 

どうか、どうか、入院できますように。

私は祈るような気持ちで、槌屋氏の戻りを待った。

(ヤマダヨウコ)

 

 







 

 

4 Comments

  1. へんみ

    涙が出ました。自分の父親の時も病院で看取って辛い思いはいろいろありましたが、まず病院に入る段階でこのハードルの高さには、愕然とさせられます。日本の豊かさのハリボテ具合に改めて腹が立ちます。

  2. ヘッケル

    多くの人が同じような思いをしているのではないかと思います。医療費を削減するため、高齢者はできるだけ自宅で介護するように、というのが今の方針なんです。でも、自宅で介護って言われても、昔のような大家族じゃないから、誰かが集中的に犠牲になることになるんじゃないかな。

  3. ボニボニ

    病院の対応がなんとも悔しい。義父、義母の病院を決める際バタバタを思い出しました。自宅介護をすすめる政策って、今の家族の形にあっていませんよね。

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