夫婦・家族

肺ガン末期の親を見送った顛末3「大病院は余命1ヵ月でも入院できず」

82歳の父の具合が悪く、近所の医者へ行ったところ、もっと大きな病院へ行くようにといわれ、聖M病院への紹介状を書いてもらった。

紹介状をたずさえ朝9:30に病院に到着。父を病院の車椅子に座らせ、受付をする。

 

AM10:00 内科の外来へ案内され、廊下で待っているように言われる。

 

AM10:20 内科の41番近くで待っているようにと案内される。診察室に近づいた。やっぱ紹介状があると違う! と思ったが、それは甘い考えだった。

 

AM10:40 名前を呼ばれ、いそいそと受付に行くと、「まず血液検査とレントゲンを撮ってきてください」と言われる。

 

AM11:00 血液検査をする。

 

AM11:20 レントゲンを撮る。

 

AM11:30 内科の41番に戻るが、「血液検査の結果が出るのに1時間ほどかかるので待っているように」と言われる。

売店から週刊誌を2冊買ってきて、1冊を父に渡し、1冊は自分で読む。

 

PM12:50 やっと診察を受ける。

「どんな具合ですか?」

「胸に圧迫感があって息苦しいんです」

「今まで大きな病気はしましたか?」

「肺炎の手術を8年ほど前にしました。でも、それについては5年後の検査で何も出ていません」

昨日の病院と同じ質問の繰り返しだ。

「じゃ、CTスキャンを撮りましょう」と言われ、再び診察室の外で待たされる。さっき、レントゲンと一緒に撮ってくれればよかったのに~。

昼過ぎには終わるかと思っていたが、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

PM1:30 CTスキャンを終え、再び内科の41番に戻る。「この後、どのくらい待つんですか?」と受付で聞くと、「CTスキャンの画像があがってきたらすぐにお呼びしますので、待っていてください」と言われる。

 

PM2:30 なかなか呼び出してもらえない。父が「もう疲れたから横になりたい。帰りたい」と言い出したので再び受付に行き、「あとどのくらい待てばいいんですか?」と聞く。

「次にお呼びします」といわれ、父にもそう伝え、我慢して待つ。

 

 

PM2:30 父と私、夫の3人で待っていると、看護師が「まず、ご家族だけで中に入ってください」と言う。

なんとデリカシーのないやり方だろう。

こんなことされたら、誰だって察するし、不安になる。父はいったいどんな気持ちでいるんだろう、と心配になる。

 

 

私と主人で医師のところへ行くと、レントゲンを見せながらこう言った。

「もっと専門的な検査をしなければ、はっきりと断定はできませんが、おそらく肺ガンの末期だと思われます。この状態ですと、もって後1ヵ月くらいでしょう」

「……。」

ガンが再発しているのかも、とは思っていたが、余命1ヵ月とは…。

 

医師が言うには、ガンと断定し、治療をするには、組織を取って調べるなど、本人にとってかなり辛い検査を繰り返し、それから放射線治療をするか、投薬治療をするかなど検討することになる。しかし、もう体力的にそれをするのはむつかしい段階だろうと。

8年前の肺ガンの手術のときに、事前の検査が大変だったことは聞いていたので、それをまた繰り返すのは避けたいと思った。続けて医師が言ったのは

「状態からいって、すぐにでも入院ということなんですが、聖M病院ではヤマダさんの入院を受け入れることができないんです。今はこんなに、入院待ちの患者さんがいましてね」

医師はマウスをクリックして、パソコンのモニターに入院待ち患者のリストを出して我々に見せた。

「この病院は病気の治療をするための病院なんです。入院を待っている患者さんが大勢いましてねぇ~。ウソじゃ、ないですよ」

「別にそんなこと思ってませんよ」

多くの大病院が疾患の治癒の見込みがない高齢者の入院を受け入れないことは、情報として知っている。仮に入院できたとしても、3ヵ月もすれば追い出されることも知っている。それが今の日本の医療の現実なのだ。

しかし医師はなぜか、入院が受け入れられない理由を説明するのに必死だ。

「そうですか。そう言っていただけると私としてもホッとしますが、なかには『こんなに大きな病院なのに、ベッドが空いてないなんておかしいじゃないか』って怒り出す人もいるんです」

まぁ、そりゃ、そうでしょう。明日死ぬかもしれない人間が目の前にいるのに、入院させられないっていうんだから。

「父は高専賃で一人暮らしですし、こういう病状で家で療養することはできないと思うんですが、どうしたらいいんでしょうか?」

「ご家族で介護をすることは無理なんですか?」

「ええ、私たちは仕事もありますし、住まいも介護ができるような家じゃないですし…。今まで割としっかりしていたもんですから、介護認定もまだ受けてないんですよ」

我が家は3LDKのマンションを改装して、仕事部屋以外はすべてオープンのワンルームにしてある。トイレなどに手すりはないし、とても高齢者と一緒に住めるような住まいではない。

「どこか他の入院できそうな病院を探すしかないと思いますが、そういう病院って、どこもいっぱいでしてね、入院を待っている患者さんが多くて、入院するのに1カ月待ち、2カ月待ちって普通なんですよ」

そんなに待ってたら、その間に死んじゃうじゃない。

「一つの手としては、ギリギリまで家で頑張ってもらって、イザというときに救急で入るのなら入院できるでしょう。ウチの病院も救急用のベッドはありますから……。とにかく、これから点滴を受けてもらって、その間に相談センターと連携しておきましょう」

私たちとの話を終えてから、父を診察室に呼び入れ、医師が病状の説明をした。

レントゲンを見ながら、肺に影があることなどを説明するが、はっきりとしたガン宣告はしないでもらった。

父はといえば、もう待ちくたびれて、医師の話をしっかり判断できているかも怪しい様子。

後で聞いたら「あの医者、何を言いたいのかさっぱりわからへんかった」と。話の核心をぼかしての説明だったので、そんな風に聞こえたのかもしれない。

 

 

PM3:00 父は点滴を受ける。2時間かかると言われ、点滴の間、家族はそばで待つことに。

 

PM4:00 私は再び41番に呼び出される。医師から

「私が思うに青葉○○病院がいいと思うので、そこに紹介状を書きますが、必ずそこに入院できるかどうかベッドの情況はわかりません」

医師は私の目の前で電話をかけて、相談所(メディカルサポートセンター)のスタッフと何やら話をしていたかと思えば「態度悪いなぁ~」と独り言を言って電話を切った。

「相談所では、総合T津病院がいいと言ってるけど、あそこはそういう病院じゃないと私は思うんだけど……。とにかく書類を回しておくので、相談所(メディカルサポートセンター)で相談してください」と医師。

 

 

PM4:30 メディカルサポートセンターへ行く。

担当の女性のソーシャルワーカーにあらためて症状などを聞かれる。すでに医師に説明し、いろいろ検査を受けた後で、その情報は回っているのかと思っていたのに、また最初から説明しなければならない。

このソーシャルワーカー、悪気はないのかもしれないが、口調が間延びしていて、真剣さや真摯さが感じられない。

しかも、医師がすすめていた青葉○○病院は、ベッドがないから入院は無理だと言う。

「今日はもう金曜日です。土・日はおやすみですから、月曜日に総合T津病院に行ってみてください。入院できるかどうかは、そこで診察を受けてみないとわかりませんけど…」とのこと。

病人に土曜も日曜もない。

それに、今日、来院してからすでに7時間が経過している。なのに、状況は何も変わらない。思わずイラッと来て、こちらの口調もつい尖ったものになる。

「今日は朝からすっとここに居て、病人はすっかり疲れています。それなのに、月曜日に別の病院で、また最初から診察なんですか?」

「診察しないで入院するということはできません。聖M病院は患者さんが多くて時間がかかりますけど、総合T津病院ほどの規模でしたら、そんなに時間はかからないはずですよ」

「それでも、そこに入院できるかどうか、わからないんですよね」

「ええ、そうですね、そのときはまたご連絡ください」

なんか、やっぱり人事っぽい。

〝あんたにこの仕事、むいてないよ~”って言いたくなる。

 

点滴を終えた父を家に連れ帰ったら夕方の6時近くになっていた。

 

 

ガン末期だというのに入院もままならない。

せめて、今日の3時頃までにそういう諸々のことを言ってくれていたら、そのまま総合T津病院に行けたのに、この時間ではもう間に合わない。

今日一日はなんだったのかと無力感、脱力感が広がる。

 

自宅に帰ってからインターネットで総合T津病院のことを調べたら、土曜日も診察を受け付けていた。

月曜までなんか待っていられない。明日、朝一番で病院を訪ねてみようと決めた。

同時に私が居住する神奈川県にあるホスピス・緩和ケア病棟のある病院を探してみた。

驚くほど少ない。こんなんで、入院できる気がしない。

この現実に目の前が真っ暗になった。

(ヤマダヨウコ)

 








5 Comments

  1. 卯のはな

    とてもつらいお話ですね。大病院はどこも同じです。お父様の場合、緩和ケア病等のある病院に入院されるのが理想だと思いますが簡単には入院できないんでしょうか?それと、今からでも遅くないと思いますので、介護申請をしてみたらどうでしょうか。介護福祉士など、医者ではなくても、相談にのってくれます。同居し自宅介護ができないのだとしたら、ヘルパーさんは必要ですし。

  2. ヘッケル

    卯の花さん。アドバイスありがとうございます。直面してうろたえることばかりです。介護申請ももっと早くするべきだったと思いました。本人が何も言わないので、まだ大丈夫だとタカをくくっていたのが間違いでした。

  3. ひろみ

    はじめまして。
    私も同じような病院の対応に苛立ちを隠せませんでした。
    個人クリニックから大きい病院に紹介状を出してもらい、七月の頭にようやく初診。
    その時には骨転移疑い大、だとすると末期の状態と言われました。
    まだ定かではないとの事で、二週間後に検査予約して下さい…と その日にはレントゲンだけ。痛みで自分で起き上がることもできず、車椅子に座っているだけでも辛そうで、
    汗をひっきりなしにかいている母を数度となく病院通いさせてしまいました。
    車で1時間もかかる別の病院でのペット検査を勧められ、受けてきました。
    その結果がでる前日、下半身の麻痺が起こり、通っていた救急搬送しました。
    そこで 意味がないとしてくれなかったCTを受け、骨転移していた腰の骨が骨折していました。酸素も行き渡っておらず、そこまできてようやく入院です。翌日、癌センターに緊急転院。原発巣の特定するための検査もできない状態でした。
    そこで、首から下の全身転移と言われ、原発巣はおそらく肺癌だと…
    右肺は肺いっぱいに特大の腫瘍がありました。ガンの疑いがあったのに、すがる気持ちで通っていた病院では、救急搬送した日まで
    レントゲンも撮ってくれていませんでした。
    日に日に容態は悪くなり、入院してから2週間半という短い時間で
    母は亡くなりました。
    月命日が過ぎた今でも 思い出すだけで涙が止まりません。
    病院側の対応の薄情さに怒りが抑えられません。
    癌センターの看護師達は皆、優しい対応をしてくれました。
    呼吸の苦しさの為眠らせた母に、ケアするたび声をかけてくれました。
    5月から自覚症状が始まったようで、毎月通っていた掛かりつけ病院でも母は相談していたようです。腰、肩などの痛みで毎週通っていた接骨院でも
    骨には何の異常もない…
    内科医からは内臓の異常は何もない…
    咳が止まらないと受診しても、その都度風邪と言われてきました。
    癌センターに転院になる間関わってきた全ての病院に
    怒りしかありません。
    こんなにも痛みに耐え、行く場所行く場所の医者の言葉を
    信じてきた母を想うと、涙が止まりません。

  4. ヤマダヨウコ

    ひろみさん
    コメントありがとうございます。
    わたしがこのブログを書いたのは2012年のこと。あれから、もう4年もたったのだなとしみじみ思うとともに、当時の怒りと、どこにもぶつけようのない理不尽な思いがまざまざと蘇ってきました。
    ひろみさんのコメントを読みながら、悲しく、怒りに震える気持ちでいっぱいになりました。

    ひろみさんのお母様は、接骨医や内科医などにも行ってらしたのに、どこからも適切なアドバイスが受けられず、入院してわずか2週間半という短い入院で旅立たれたのですね。本当に、本当に、ご愁傷様です。

    「癌センターの看護師達は皆、優しい対応をしてくれました。
    呼吸の苦しさの為眠らせた母に、ケアするたび声をかけてくれました。

    わたしも父が入院しているとき、看護師さんなど現場で働く方は手厚い対応をしていただき、頭がさがる思いでした。

    お母様は痛みから解放されて、楽になられたと思ってみてはいかがでしょう。
    ひろみさんの心が、癒されることをお祈りしています。

  5. 匿名

    そういう医療制度をつくってきたのは日本という国家ですよね。それを支持してるのは国民ですし。
    一病院を責めて解決するわけではないので、国民的議論にしていく必要がありそうです。

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