夫婦・家族

思い出の整理は、ゆっくりとでいい〔家族との別れ〕

神保町の飲み屋に、久しぶりに顔を出す。古くからの常連が多い、古い居酒屋さん。平均年齢もかなり高く、50代前半の私はまだ若造、かな。

 

いつもはマスターが1人でやっている店だが、金曜日は混むからお手伝いの女の子が入っている。おでんをよそってくれながら彼女が言うには、
「スーさん、最近ちょっと元気ないんですよ」

ひとつ置いて横にちょこんと座る常連のスーさん、確かにちょっと元気ないかな。
いつもはニコニコして、決してうるさすぎない程度に話をして、みんなを和ませてる方だ。どうしたんだろう。
「スーさん、元気ないんですか」
まずは直球で聞いてみた。すると隣にいた方が、
「スーさん、お父さん亡くなられてねぇ」
そうですか。するとスーさんが話しだした。
「まあ、もうそろそろ半年経つんだけどね」
若いころに一家離散を体験し、よその家に預けられて苦労したこと。戦争のときは、二度召集されたこと。戦争が終わり、電気設備工事の仕事を始めて商売を軌道に乗せ、息子(スーさん)に跡を継がせたこと。そんな話を教えてくれた。話の合間に二度ほど、眼鏡を外して目をこすっていたスーさん、本当にお父さんが好きだったのだろう。
「90歳過ぎても海外旅行に行ったりして元気だったんだけどね」
93歳で昨年亡くなり、さいきん会社葬を無事済ませたところで、なんだかすごく寂しくなってしまったらしい。

 

「遺品の整理しなきゃ、って思うんだけど、
どれも親父の歴史だな、とか考え始めると、なかなか見る気になれないんだ」
家からお父さんを消す作業をしているようで、悲しくなってしまうんだそうだ。

 

そういえばうちでも昔、父方の祖母(父の母)が亡くなったときに私の母が言っていた。
「おばあちゃんの部屋を片付けようとするんだけど、いろんな物を見るたびにお父さんが涙ぐむのでなかなか片付かない」って。
うちの父は一人っ子で、余計にお母さんが好きだったようで。いまスーさんの話を聞いていると、その時の父の寂しさがなんとなくわかってくるような気がする。

 

スーさんにそう話していると、横から別の常連、シーさんが話に入ってきた。
「おれ、まだ親父の机をそのままにしてますよ」
あれ、シーさんちは確かずいぶん前だったはず?
「12年前。そりゃある程度の片づけはしたけど、書棚や、書斎の机には手を付けていない」
書斎の机に向かうお父様の思い出が強いそうで、机の引出しのどこに何を入れていたかもだいたい覚えている。
「でも開けたくないというか、今はまだ、開けて中を見ることをしたくない」
シーさんのお宅はお母様がまだご健在で、お母様もあえて整理しようとしていないそうだ。
「それを俺が片づけてしまうのはどうかとも思うんですよ。親父の存在を、お袋から取りあげてしまうようにも思えて。
お袋がいつか亡くなったとき、そのときに一緒に片づけようと思うんです」
ふーん、とうなずくスーさんと私。
「だからスーさん、」とシーさんが続ける。急いで片づけなくてもいいんですよ。いまはまだ寂しいんだから、お父さんの名残を大事にしてればいいの。しばらくそのままにしておけば。

「そうかぁ」とスーさん。
「スーさん、波乱万丈な人生でも、お父さん、晩年は幸せだっただろうね。会社は順調で、息子のスーさんも立派に跡を継いで。ご高齢でも旅行にたくさん行って、いい思い出たくさん持てたと思う」
私が言うと、スーさんは少し笑った。
私も、シーさんも、少し笑って、焼酎の水割りを飲んだ。
私の両親は幸いにしてなお健在、
でもいつかはスーさんシーさんのようにいろいろ考える日が来るのだろう。
「いま」が、もうしばらく続いてくれればいいけれど。と思いながら神保町の夜は更けていくのでした。

 

♪タムラ

4 Comments

  1. YUKO

    釣りバカ日誌のスーさん役の俳優さんが亡くなったとか。
    身内の死は、その直後より時間がたってからのほうがしみじみ寂しくなります。

  2. タムラ

    YUKOさん、私はまだ両親を(夫の両親も)見送ったことがないのですが、その「少したってから」の悲しみを想像すると切ないです。三國連太郎さん亡くなりましたねー。息子の佐藤浩市さんが取材をうけてて、悲しさ抑えた表情が印象的でした。

  3. タムラ

    TUYUKAさん、店全体はわーっと賑やか(というか騒がしかった!)で、その3人組だけちょっと別世界に入ったひとときでした。「深夜食堂」みたいな雰囲気、あこがれるなあ・・・

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