夫婦・家族

妻からの離婚劇 「夫に隠し子がいたんです!」3

なんと、愛人との間に子どもまで作っていた主人。13年前から不倫していたという事実に愕然としました。ただ、怒りや悔しさはあるのに、なぜか嫉妬心は沸いてこないのです。「これでは、よそに愛人を作られても仕方ない」と冷静に分析している自分がいました。

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主人にとっての私は一体なんなのでしょう。そして、私にとっての主人とは?

「多くの言葉を交わさなくても夫婦助け合って生きてきた」というのは幻想で、互いを思いやる愛情はなく、単なる共同生活でしかなかった。私たち夫婦の関係は、とっくに冷めていたのです。

 

熟年離婚が増えているという話はよく聞きます。人生を仕切り直したいと私も思います。でも離婚してひとりで生活していく自信は、私にはありませんでした。

 

「もっと若ければ、人生をやり直すこともできたのに…」。

何度もそう思いましたが、今さらどうしようもありません。すでに両親は他界し、頼る場所はどこにもありません。専業主婦で手に職のない中年の私には、もはやなす術はなく、かといって、これらの事実を認めたうえで、主人との結婚生活をもう一度やり直したり、修復の道を探って一から出直そうとも思いませんでした。

 

「離婚はしない」「仮面夫婦を演じていこう」

 

もともと最小限の事務的な会話があるだけの結婚生活です。寂しいことですが、主人は私の変化に気づくこともないし、なにも疑問には感じなかったと思います。

 

私は、パッチワーク教室に通ったり、友人とおしゃべりに興じたり、旅行に出かけたり、家以外の世界を作って、気を紛らわしながら生活しました。主人は生活費を渡してくれますし、細かいことは何も言いません。ただの同居人、そう思えば気が楽です。傍から見ても、私たちは、ごく普通の家族に映っていたでしょう。

 

ところが…。

4年ほど経って私に異変が起きました。何をするのも億劫になり、家でボーっとしている時間が増え、ふさぎこむことが多くなりました。それまで精力的に外に出ていたのに、その気力が沸いてこないのです。

特に理由もないのに涙が出てくる。テレビを見ても、ただ画面を見ているだけで内容を把握していない。思い切って外に出れば、歩いていると人にぶつかる。赤信号なのに渡ってしまう。夜の寝つきも悪い、とおかしな症状が次々に出てきたのです。

 

通常の家事にも支障をきたすようになり、子どもたちが心配し、近所の心療内科に診てもらうことに。結果、軽いうつ症状と診断され、抗鬱剤を処方されました。表面上は平気を装ってきましたが、やはり体はウソをつかないんですね。

 

引きこもるような生活が続きました。そんな私の状態を見て、さすがに主人も無視することは出来なかったようです。ある日の晩、

「どうしたんだ」と聞いてきました。

 

そう尋ねられたとき、「すべてを話したい」という衝動に駆られました。もう心が破裂寸前だったのかもしれません。椅子に座りなおし、「お話があります」と切り出し、心の内にたまっていたものをいっきに吐き出しました。

 

以前から不倫の事実に気づいていたこと。愛人がどこの誰なのか。隠し子がいること。知っていても問いたださなかったこと。理不尽な思い、悔しさや怒りなど、すべてを話しました。興奮して、早口に一方的にまくし立ててしまいました。

 

主人は、一瞬驚いたような表情をしましたが、ふーっとため息をついたかと思うと、「その通りだ」と言いました。

愛人の存在も隠し子の存在もすんなりと認めました。否定や謝罪の言葉は、いっさいありませんでした。悪びれる様子はなく、むしろ、やっと私にばれてくれたと言わんばかりです。愛人との子どもは、産まれたときに認知したそうです。

 

高ぶっていた私の気持ちは、一瞬にして萎えました。

主人は、素の状態をさらけ出している妻の様子を目の当たりにしても、何も感じないの? 長年苦しんできた妻に対するねぎらいや労りの言葉はないの?

 

私の中でかろうじてつなぎとめていた心の糸が、プツンと音を立てて切れました。

 

「もう別れよう」

 

これ以上一緒にはいられない。まもなく定年を迎える主人と、今後一つ屋根の下で暮らしていくことはできない。仮面夫婦を続けることは、自分を殺すことだ、と思いました。

誰のためでもない、たった一度しかない私の人生。人生の終わりのときに、「私らしく生きられた」と思いたい…。仕事や住まいなど、考えなければならないことはたくさんあるけれど、それよりも「私らしい自分でありたい」という気持ちのほうが強かった。

「仮面夫婦は撤回しよう」

そう思えた時、胸の中に久しぶりに熱いものがみなぎってくるのを感じました。

 

いつの間に月日が流れていたのでしょう。長男と長女は28歳と25歳に成長していました。

これを機に、子どもたちに初めて相談しました。すると、二人とも「お母さんが好きなように生きればいいよ」と言ってくれました。子どもが小さいときと違って、大人として対等に話ができたのが救いでした。

2人の子どもは、それぞれ結婚を視野に入れてお付き合いしている恋人がいます。私にとっては、子育ての責任が最後のプライド。「子どもの独立が、私の独立記念日」だと自分に言い聞かせ、二人が結婚するのを見届けてから離婚しよう、と決意しました。

気持ちを切り替えた私は、それから体調も改善していきました。

 

1年後…。子どもたち二人の結婚式の日取りが決まり、家から出て行くことがはっきりしました。ついにこの日が訪れたのです。ようやく、言いたかった言葉を主人に突きつけることができました。

 

「離婚してください」。

やっと言えたこの言葉。

 

ところが主人からは意外な反応が返ってきました。

なんと、私からの離婚の申し出を断ったのです。世間体を気にしているのか、真意はわかりませんが「離婚はしない」と言い張るのです。

てっきり、私とは縁を切りたいのだと思っていたのに…。

私は生活の不安よりも、主人との暮らしに限界を感じています。一刻も早く別れ、家を出て行きたいのです。どうしたら有利な条件で主人と別れられるでしょうか。

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ここまでが、美佐子さん(55歳)からの相談内容です。

初回は、妻のメンタル面を説明するために、詳細な内容となりました。

次回は、離婚カウンセラーからのアドバイスです。熟年離婚へ向けて準備を進めていく美佐子さんの立場に寄り添って、一緒に考えていきましょう!

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(渡辺里佳)

 


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