夫婦・家族

わたしたち、もしかして仲良し家族? 母の介護を通して

あれは6月、梅雨まっただ中のことだった。

激しい雨の中、仕事帰りにスーパーに寄り、重い買い物袋を提げてようやく家に着いたところで、携帯電話が鳴り出した。
濡れた手をバッグに突っ込んで、探し当てた画面には「母」の表示。

わたしは反射的にうんざりする。

 

母は72才。

わたしの住む福岡から車で1時間ほど離れた佐賀県の実家で、77才の父とふたり暮らし。隣には妹家族が住んでおり、こまごまとした用事をする手には事欠かない。彼らだけではまかないきれない大ごとが起こった時にだけ、わたしに電話がかかってくるのだ。

 

母はうつ病で、精神安定剤を飲んで落ち着いているものの、自分が人からどう思われているかを非常に気にする。少しでも「メンドクサイ」なんて気配を見せると、また憂うつの波がやってくるとも限らない。
だから、わたしは 努めて明るく声を張り上げる。

「はーい、どうしたと? 」

「ごめんね、けいちゃん。お母さん、手術の後、体の調子が やっぱり よくならんのよ。 医大で また検査してもらうことになったけん、ついてきてほしいんやけど。お父さんとふたりじゃ、ちょっとねぇ…。でも無理やったらいいとよ?」

「うんわかった。いつなん?」

「検査が6月23日。結果発表が7月1日。」

「うん。仕事を休めるか、聞いてみるけん。でもそんなに悪いと?」

「あのね、手術のあとから、脇腹のところがずーっと痛いって言いよったやんねぇ…」

 

母が抱えている病気は、うつ病だけではない。パーキンソン病を5年ほど前に発症し、昨年夏には食道がんの手術をした。

幸い手術は成功し、転移もみられなかったのだが、胃をのど元にまで引き上げるという食道がんの手術は過酷で、元々細身だった体は20kg近くも痩せてしまった。脂肪どころか筋肉までもがすっかり落ちて、細い骨にかさかさの皮膚がまとわりついた足は、もはや自分の体も支えきれないほどおぼつかない。

 

家の中でも手押し車を押してよろよろと歩き、1人で外出などとてもできない。パーキンソン病の症状で手は震え、食事を口に運ぶのが精いっぱい。

おしゃれと旅行が好きで、娘から見ても(というか、わたしは父似で、母とはずいぶん違う。)年のわりには若々しく、たいそう美しかった母は、あっという間に老婆になってしまった。

 

それでも手術後4カ月ほどの入院リハビリを経て、母は自宅へ戻ってきた。

訪問ヘルパーと介護サービス、宅配弁当を頼み、わたしも週に1度は実家に通って食事を作り、外出に付き添った。

最初はてんやわんやだった暮らしは、半年ほど経つとようやく落ち着きを取り戻し、食べられるものも増えて、ようやく体重が30kgを超えた母は、少し元気を取り戻したかのように見えた。

「すっかり痩せてしもうたけん、着るものがなんもないとよねぇ。買いに連れて行ってもらえんやろうか。」
などと言い出し、元来の洒落っ気を取り戻した様子にすっかり安心した私は、そろそろ毎週の実家通いを隔週にしようかと思いはじめた頃の電話だった。

 

母の電話は、愚痴だと相場は決まっている。

「お母さん、あんまり早く動ききらんやろ。もたもたしよったら、お父さんから『さっさとせんか!』って怒られてねぇ。」

古風な九州男児で亭主関白だった父が、今では実家の掃除洗濯を一気に引き受けている。1年前、母が入院した時に、洗濯物を干す父の姿を初めて見たときは心底仰天したものだった。

 

「ちかこは、昨日も今日も顔を見せんのやけど、どうしよるか知っとる?」
実家の隣に住む妹は正社員。毎朝母が寝ている時間に、父母のお昼の弁当を実家の台所に届けてから出勤している。残業だってあるだろうし、ひとり息子は中3の受験生。塾の送迎、食事の支度、掃除洗濯と、やるべきことは山積みだろう。
父も、妹も、母の闘病生活を一生懸命に支えていると思うのだが、母は「してもらっていること」よりも、「してもらえないこと」が気になってしょうがないらしい。

離れているわたしにできるのは 「聞いてあげる」ことだけだ。
このごろ疲れやすくなった母が、愚痴を吐き出して電話が終えるのには1時間もかからないだろう。

時計を見上げて、わたしはそっと溜息をついた。

 

父は車の運転ができないし、妹はそうそう休めない。

結局、子どもは大学生、パートで平日休みがとりやすいわたしが駆け付けるのが一番現実的なのだ。
母の体の心配をするより先に、実家通いを減らせるどころか、また病院通いがはじまるのかと思うと、気が重くなる。わたしは薄情な長女なのであった。

 

花村桂子


12 Comments

  1. yuko

    花村さま。はじめまして。
    介護のことはみんなが多かれ少なかれ体験する切実な問題です。どんな風に対応されていくのか・・・、赤裸々な人間ドラマですよね。

  2. りーたん

    両親が博多出身なので、話し言葉に親近感わきます。
    うちも介護問題はこれからです。「わかるなぁ」と共感するところもあって、とても興味深いです。続きを楽しみにしています。

  3. 花村桂子

    りーたんさん

    ご両親は博多の方なのですね
    りーたんさんも来られたりするのでしょうか
    住みやすい、よいところですよと自画自賛したりして(^_^;)

    どうぞ続きも読んでくださいませ

  4. 花村桂子

    YUKOさん

    介護ははじめての経験で、すべてが手探りなのですが
    父や妹と仲良く協力していければいいなぁと思っています
    まだまだこれからですね

  5. りーたん

    桂子さん
    10日ほど前に福岡の親戚たちと九州旅行に行って博多弁まみれになりました(笑)。福岡は食べ物もおいしいし、アクセスも便利でサイコーですね。また行きたいです(^^)

  6. nobuko

    花村さん はじめまして!! よろしくお願いします。

    >母は「してもらっていること」よりも、「してもらえないこと」が気になってしょうがないらしい。

    この辺、切ないですね(;;)
    うつ病ではうかつな事も言えないでしょうし‥、ああ大変です。

    お父様も妹さんも、よくやっておられます。介護は育児の反対で、どんどん親の具合が悪くなって行くのが切ない。

    私は義母を看取り義父を看取り、介護する人が逝ってしまいました。家族に病人を持つ暮らしは長く、気持ちが疲れます。疲れ過ぎないように、自分を労わってください。

    >また病院通いがはじまるのかと思うと、気が重くなる。わたしは薄情な長女なのであった。

    薄情なんかじゃないです。

    明るい声で電話に出て、老いた愚痴を受け止めてくれる立派な長女さんです。

  7. 花村桂子

    りーたんさん

    コメントありがとうございます

    >10日ほど前に福岡の親戚たちと九州旅行に行って博多弁まみれになりました(笑)。福岡は食べ物もおいしいし、アクセスも便利でサイコーですね。
    お近くにいらしてたんですね!
    福岡空港から博多・天神へのアクセスは抜群でしょう(≧ω≦)b
    特にJR博多駅までは地下鉄1本10分ですもの

  8. 花村桂子

    nobukoさん

    お返事が遅くなってごめんなさい

    >私は義母を看取り義父を看取り、介護する人が逝ってしまいました。家族に病人を持つ暮らしは長く、気持ちが疲れます。疲れ過ぎないように、自分を労わってください。
    逝ってしまうと分かっているのは切ないですね。

    この頃はずっとこんな日が続くんだと思っていましたが…
    あ、続きを書かなきゃですね!

  9. kaoru

    桂子さん、はじめまして!
    ここのところバタバタで読むのが今頃になってしまいました。
    介護のお話も切実ですが、まず文章のうまさに驚きました!
    ライターが本業の私が恥ずかしくなるくらい・・・。
    いろいろと大変でしょうが、これからもストレス解消もかねて
    少しづつ書いてくださいね。

  10. からす

    介護は自分がやってみらんとわからんです。私の母もパーキンソン病で発症してすぐ私の家族と住んでます。ワガママをいいだすとどっと疲れます。でも私しかいないから、、、
    最近、認知症もひどくなり攻撃的な言い方をしてます。家族で助け合わなきゃいけないけど、優しく言葉かけ出来ないときがあり、自己嫌悪におちいります。でも五年もたてば要領もわかるようになりました。最期を看取るまで母を思ってやるしかないです。

  11. 花村 桂子

    kaoruさん
    こんな後でお返事書いてごめんなさい

    >いろいろと大変でしょうが、これからもストレス解消もかねて
    少しづつ書いてくださいね
    書くことって究極の発散です
    でも客観的に書くのは難しい

    ここに書いたことは事実ですが
    真実とは少し違いますね

  12. 花村 桂子

    からすさん
    もう読んでらっしゃらないとは思いますが
    >でも五年もたてば要領もわかるようになりました。最期を看取るまで母を思ってやるしかないです。
    5年 もう6年でしょうか
    大切な人を大切だと思えなくなって来るのは
    どんなに悲しいことでしょう
    病気がそうさせていると分かっていても辛いですね

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