夫婦・家族

「わたしは母が大好きだったのだと知りました」わたしたち、もしかして仲良し家族?11

母の入ったホスピスは新築で、どこもかしこもぴっかぴか。キッチン付の広いリビングルームでは毎週お茶会が開かれて、グランドピアノの演奏会や、アニマルセラピーのワンちゃんが来たりする。ベランダのサンルームにはバラやミニトマトの鉢が並び、ウッドチェアで外の空気を浴びられる。8Fからの眺めは最高。県立病院とは思えない豪華さだ。

ホスピス(県立病院)

ホスピス設備

 

スタッフが、また素晴らしい。ナースコールを押したら、1分もたたずに来てくれる。行き交うときは笑顔を向けてくれるので、気軽に声をかけやすい。先生とお話したいと言えば、1時間と待たずに時間を取ってくださるのもありがたかった。

 

 

ここで1週間を過ごした母は、少し落ち着いたようだった。
「のどがつかえて食べれんかったけど、よか薬を出してくれたとよ」
「へー」
「言ったらすぐになんか(治療・対処)してくれるのがありがたいわぁ」

ご機嫌でわたしが差し入れた「そうめんとろろかけ」を食べながら、話は続く

「お父さんがキモチワルイんよ」
「どうかしたと?」
「毎日来て『紀代子さん、お元気ですか』とか言うと」
「へーっ!!!」

 

これまで父が母を呼ぶのは、「おい! ○○せんか!(”しないか”の意)」と呼びつけて用事をさせる時だった。それがご機嫌うかがいとは。どうやら父は、本気で改心したらしい。(参照→ ホスピスは家族ごと治療してくれる場所でした

でも、わたしが夫に「けいさん」と呼ばれたら、他人行儀すぎて幻滅しそう。父の優しさはピントがずれてるねぇと思ったのに。
「名前で呼んでもらえるのは、よかねぇ」
母はまんざらでもなさそうだった。夫婦の機微は、実の娘にもよく分からない。
父の思いやりが通じたのか、2週間目には一時帰宅。入院で萎えてしまった足腰のリハビリにも前向きで、涼しくなったらまたハウステンボスに連れて行こうとわたしはのんきに考えていた。

 

 
それが急変したのは、7月に母方の祖母が98才で亡くなった後のことだった。
部屋のトイレに行くのも車いす。ベッドで体を起こすのが辛い、箸が重くて持てないから食事を口まで運べと言っていた頃はまだよかった。
妹のちかこが仕事帰りに買ってきた好物のソフトクリームも、ほんの一口で「もうよか」。骨と皮に痩せこけて、あっという間に寝返りすら打てなくなくなった。
「(末期じゃないのに)なんで食べられないんでしょう」
そう訴えると、主治医の沖田艦長先生は
「お父さんも、毎日来てらっしゃいます。あなたも妹さんも、とてもよくご協力いただいています。でも、病人(の気持ち)を変えることは難しいですね
とおっしゃった。

付き添い中

PC持参で付き添い中(撮影:妹)

 

その日、自宅で夕飯を作っていると電話が鳴った。「ホスピス」との表示に、 いよいよ容体が変わったかと緊張して受話器を取る。
「すみません、緊急じゃなかですけど」
母担当の看護師Tさんだった。
「そんなにお変わりはないんですが、『もうお別れだから娘さんたちふたりを呼んで。電話して』と、おしゃっるとですよ」
明日は休みと分かっているタイミングで電話をかけてくるのが、さすが母。
「(電話)お代わりしますね?」
「けいちゃーん、間にあわんごた、すぐ来てねー」
聞き慣れた、か細い母の声。
これまで散々、母の言動にうんざりさせられてきたけど、ここまで来ると笑えて来た。母は何があっても変わらないのだ。やりたいことはきっちり指示して我を通す。
「はいはい、すぐ行くけんね」
わたしは、夕飯を作り上げて洗濯物を干してから、病院へ向かった。

 
「すみませんね。おひとりだと不安がって、どうしても電話してって」
「こちらこそ遅くなって。実は夕飯作ってから来たとですよ」
「それで、よかですよ」
Tさんは、女優の鈴木砂羽さん似のしっかり美人。わたしたち家族の事情もご存知だ。同世代ということもあり、話しやすくて、ついつい愚痴をこぼしてしまう。
「芝居がかっとって、ねぇ」
「娘さんに甘えとんさっとですよ」
「お世話掛けてすみません」
「いいえ。(わたしや妹が)来られたら、顔つきが全然違いますよ。喜んどんさっです。」
優しい言葉が心に沁みる。

 
それから10日後、夏の日の明け方。
父とわたし、妹ちかこが見守る中で、母は最期の息を吐き終えた。

 

 

告別式での、父の喪主あいさつは素晴らしかった。
自分は仕事にかまけて家庭を顧みない夫だったが、妻は専業主婦として家を守り、ふたりの子どもを育て上げた。晩年は、孫にも恵まれ、好きな絵を描き、海外旅行を楽しんだ。父の語る母の一生は、とても幸せそうだった。
「(母が)これ聞いたら、喜んだろうにねぇ」
「そういえば『お父さんが(喪主)挨拶は上手にしんさっよ』って言いよったよ」
「こんな言いみち知っとうなら、本人に言ってやればよかったとに」
「夫婦そろって外面(そとづら)がいいっちゃけん」
「やけん、離婚せんかったったい」
わたしとちかこは、コッソリ言い合った。

 
母は、遺すものを、きちんとふたつに分けていた。それは「娘のために」というよりも、「こうしたい」という母の思惑が色濃く反映されていたけど、わたしとちかこを等しく大切に思ってくれていたことは、伝わってきた。
美しくて、意固地で、見えっぱりで、他力本願の甘えんぼう。そんなひとが、かけがえのないわたしの母で、呼ばれたら駆けつけずにはいられなかった。

 

 


こうして、わたしの2年間の介護は終わりました。
次はスグに父の介護が控えているような気がしますが、その話はまたおいおい。
これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

花村 桂子

※人物名はすべて仮名です

 

 

12 Comments

  1. りーたん

    けいさん、
    お母さま、この夏に逝かれたのですね。
    ご愁傷様でした。そして、お疲れさまでした。

    素敵な施設に入って、家族関の距離も縮まり、
    これからいい方向に進んでいくのだろうと推測していたので、とてもショックでした。
    でも、家族の死とはいつか向き合わなくてはならないんですよね。

    このシリーズ、毎回楽しみに読ませて頂いていました。
    そして、これから介護が始まるであろう身として、いろいろと考えさせられました。
    けいさん、長きにわたり書いていただきありがとうございました。

  2. YUKO

    けいさん。
    お母様、御愁傷様でした。心より、ご冥福をお祈りします。
    それにしても素晴らしいホスピスがあるものですね。

    私は両親ともすでに見送りましたが、心配でありながらも、時には疎ましく感じたり、そんな自分が嫌になったり。ああしてればよかった、こうしてればよかったと後悔したことも多々ありました。
    そんな自分の気持ちを思い出し、照らし合わせながら、毎回読んでいました。
    このシリーズ、まだまだ、つづくと思っていたので終わってしまうのはショックですけど、温かな文章を長きにわたり書いていただき、ありがとうございました。
    お疲れ様でした。

  3. 花村 桂子

    りーたんさん
    ありがとうございます
    心からうんざりしていたはずなのに
    亡くなるとああすればよかった こうすればよかったと
    いいことばかり思い出します
    でも そうなれてよかったという気持ちもあって
    家族が亡くなるのははじめてだったので
    教えてくれたんだなぁと思います

  4. 花村 桂子

    YUKOさん
    ホスピス 素晴らしいとこでした
    終わりは思ったよりとても早くあっけなく
    結局母が決めたのかなと
    終わりまで母らしかった
    お読みいただいてありがとうございました

  5. nobuko

    けいさん

    お母様、逝かれたのですね。ご愁傷様です。

    けいさん姉妹の温もりに包まれて、旦那様ともちょっと仲を改善出来て、お幸せな最期だったと思います。

    ご冥福をお祈りします。素晴らしいレポートでした。

  6. tomoko

    桂子さんへ

    お母さん、本当にお幸せな最期だったと思います。
    やっぱり持つべきものは娘なんだなあ、と。
    そして目を見張るのは、すばらしいホスピス。これで差額ベット代無料というのは、信じられない!
    私の両親も地方の中都市の国立病院に入院したことがありますが、個室でも5000円と聞いてビックリしたり。
    都内の私立大病院では、ソファーもない狭~い個室でも差額代は最低でも3万円。特別室だと途方もない金額だったりします。それでも個室はいつも満床だったり。
    一見、医療が充実しているように見える東京、関東は、実は病院不足。
    2012年の資料ですが、都道府県別病院数(10万人あたり)を見ると、長崎は9.30で7位。一方東京は4.46で40位、埼玉4.10で42位、千葉3.92で44位、神奈川においては3.29で最下位の47位。
    普通の病院だって上記のような状態なので、ホスピスなんて何人待ちなんだろう、などと思ってしまいました。
    こんないい施設がある長崎がうらやましいです。
    オリンピックでもめていますが、もっと有効にお金を使ってほしいと思うばかりです。

    2年間の介護、お疲れ様でした。

  7. けい

    tomokoさん

    ほんとうにホスピスは素晴らしいところでした
    田舎なのに最先端でビックリしました
    できたばかりでラッキーだったのだと思います
    がんと特定の病気の人しか入れないのがとても残念

    都内の私立病院差額ベッド代3万円ってまさか1日じゃないですよね?
    ホスピスの有料個室は1日3,800円でした
    特別室はもうちょっと高かった
    後半は無料個室に移れたのでヨカッタヨカッタ
    ってわたしは払ってないんですけどね

  8. tomoko

    桂子さんへ

    都内の私立の大学病院は、これを個室と呼んでいいの?というくらい狭い暗い部屋で、1泊3万円。これ、個室の最低料金です。大学病院以外でも有名私立病院も、1泊3万円。ホテル以上の金額がかかります。
    築地にあるとある有名私立病院(個室しかない)は、バイク事故で救急で運ばれてくる若い子に、「ここは1泊3万円ですが、払えますか?」と看護師さんが聞くそうです(で、払えないと言うと応急処置だけして、別の病院に送る)。赤坂にある有名病院はもっとすごくって、1泊6万円…。
    国立や都立はもっと安いのだと思います。
    すべて土地代が高いからなのだと思いますが。東京は、お金がないと病気にもなれない(笑)。
    なので、ホスピスの有料個室代が1泊3800円だなんて、うらやましい。ガンになったら長崎に移住しようかしら、なんて思うくらいでした。

  9. 花村 桂子

    tomokoさん
    詳しくありがとうございます
    3万円は1泊でしたか…高級ホテル泊れちゃいますね

    もちろん母のホスピスも
    差額ベッド代が1日3800円で
    基本料金や食事代は別にかかるのですが
    それでも雲泥の差ですね

    ちなみにホスピスは佐賀なのでした
    屋上から見れるのはのんきに広い佐賀平野
    11月は世界大会に参加するバルーンが見られるかもです

  10. カトリーヌ@長崎

    けいさん
    FC2ぎんちゃんのブログから来ました。
    お母様を看取られたのですね。
    >これまで散々、母の言動にうんざりさせられてきたけど、ここまで来ると笑えて来た。
    母って,振り回す存在なのでしょうか^^
    (あ,私も振り回しているかも・・・)と最近思います。
    ホスピスについて全く知らないので,過去記事を読みますね。

  11. 花村 桂子

    カトリーヌさん
    わざわざこちらまでお越しいただいてありがとうございます
    カトリーヌさんもお母様を見とられてらっしゃいますよね
    似てるなぁと勝手に思っていたのですよ…
    ちなみにわたしも振り回してるのかもです(^_^;)

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