カルチャー

下重暁子著「家族という病」が興味深い

  • 2015/5/2
  • カテゴリー:

なにげにワイドショーを見ていたら、下重暁子さんの書いた「家族という病」という本が、今、売れている、といっていた。

「家族という病」

インパクトのあるタイトルだ。

 

_DSC6984

本の帯には

「家族はすばらしい」は欺瞞である。

これまで神聖化されてきた“家族”を斬る。

とある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親に介護が必要になったり、子供が独立したり、結婚したり・・・。

50代、もうすぐ60代も視野に入ってくる私たちの年代は、家族の在り方にも大きな変化が訪れる頃合いだ。

 

実際、自分の場合で考えると・・・

両親、兄の家族(兄と嫁と子供)、私と連れ合い、この3家族はある時期まで、かなり濃密に交流をもっていた。

ことあるごとに集まって食事をしたり、正月になると一緒に旅行に出かけたり・・・。当時は、そういう関係がずっと続くものと思っていたが、間違いだった。それは、互いの生活がうまくまわっているというバランスのもと、良好な関係が築けていたにすぎない。

親に介護が必要になる頃、兄は距離をおくようになり、ついには断絶状態になった。断絶になった実際の理由は、よくわからないが、母が亡くなったときは、父と私、私のつえあいで見送り、父が亡くなったときは、私とつれあいだけで見送った。

私はそのとき、兄は最初からいないと思えばいい、と考えることで、感情の折り合いをつけた。つまり、兄の存在を自分の意識から抹殺したのだ。

 

私たちの年代になると、親兄弟姉妹、家族といっても一緒に暮らした時間より、離れて暮らした時間のほうがはるかに長くなっている。仕事も異なればパートナー(結婚相手)の性格や育った環境も異なる。

 

もはや他人である。いや、他人なら割り切って対応できるが、家族というしがらみがあるだけに、感情がもつれるとややこしい。

 

「家族という病」によると

日本人の多くが「一家団欒」という言葉にあこがれ、そうあらねばならないという呪縛にとらわれている。しかし、そもそも「家族」とは、それほどすばらしいものなのか。・・・・・・・

とある。

 

「家族のことしか話題がない人はつまらない」

「家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り」と一刀両断。

家族の実態をえぐりつつ、「家族とは何か」を提唱する一冊になっている。

 

家族を盲信する日本人/子離れ出来ない家族はみ苦しい

家族の話はしょせん自慢か愚痴/夫のことを「主人」と呼ぶおかしな文化

家族ほどしんどいものはない/「子供のために離婚しない」は正義か

などなど。

 

「私達は家族を選んで生まれることは出来ない。産声をあげた時には、枠は決まっている。その枠の中で家族を演じてみせる。父・母・子供という役割を。家族団欒の名の下に、お互いが、よく知ったふりをし、愛し合っていると思い込む。何でも許せる美しい空間……。そこでは個は埋没し、家族という巨大な生き物と化す。家族団欒という幻想ではなく、一人ひとりの個人をとり戻すことが、ほんとうの家族を知る近道ではないのか」

 

読み進むうちに、ここまで家族を否定しなくても・・・、と思う部分もあるが、最後の章で著者は、「家族を知ることは自分を知ること」といい、亡くなった両親や兄に、手紙を書くというスタイルで想いを綴っている。

家族に対して冷ややかな目線を投げながら、最も家族というものにとらわれているのは、著者自身ではないかと思われる。

 

世の中には幸せ家族が、たくさんあるだろう。

子供が有名大学に入学した、と聞けば心よりよかったねと思うし、

娘や息子と酒を酌み交わした、旅行に行ったと聞けば、子供のいない私などは、単純にうらやましいと思う。

「『家族はすばらしい』は欺瞞である」とまでは思わない。

しかし、子供を作らない人生を選択し、両親が他界し、家族とよべるものがつれあいだけになった今、時に寂しさを感じることもあるが、それにも増してこの身軽さが心地いい。

 

「家族」という言葉を調べると、夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団、と解説されている。

家族は社会のなかで、もっとも小さな単位の集団なのだ。

結婚し、子供を作り、家族を築く、ということは、日本の社会を構成する上で、重要な事業である。一大事業といってもいい。(私はこの事業に参加しておりませんが・・・)

しかし、年を重ねれば、「家族」という単位をこえて、個人が他人や社会とどうつながっていくかが、重要になってくると思う。

私たちの年代は、まだまだ先は長い。家族にとらわれすぎず、ともかく孤独な老人にならない生き方を考えたい。

 

(ヤマダヨウコ)

家族という病 (幻冬舎新書)

新品価格
¥842から
(2015/5/2 16:42時点)

11 Comments

  1. nobuko

    う~ん、下重さんの言っていることも一理あると思うけれど、家族に対する見方がシニカル過ぎる気もします。

    家族団欒の幻想の中、個は埋没し家族という巨大な生き物と化すって‥家族が化けモンみたいデスね。そういうケースもあるだろうけれど、一般化するのは極端な気がします。

    最も家族というものにとらわれているのは、著者自身ではないかと思われるという、ヤマダさんの意見に一票デス。

  2. けい

    うちの息子はひとりっこなので
    わたしたち親を見送る時がサミシーだろうなと思っていたのですが
    兄弟っていればいいってもんじゃないですね(T_T)

    子育てもそろそろ終わりなので子どものためじゃなくて
    自分のために色々はじめようと思ってる今日この頃ですが
    それも夫あってこそ
    やっぱり仲良し家族でいたいなぁと思うのです
    って自分語りスミマセン

  3. りーたん

    知らなかった~
    下重さん、家族に対して相当いろんな思いをためこんでいたのね。
    読んでないけど、これは自己開示的な本なのかな。
    でも、売れてるということは、同じような葛藤を抱えてる人が大勢いるってことなのね。

  4. るう子

    う~ん、家族って難しいですよね。
    私が考えるには「あまり期待しすぎないくらいがちょうどいい」ということでしょうか。ゴムみたいに伸びたり縮んだり、ほどほどの距離があった方が一緒に生活もしやすいのでしょうね~。

  5. ヨウコ

    ゴムみたいに伸びたり縮んだり・・・・。まさにその通りですね。でも、なかなかそうはいかないのが現実なのかもしれません。

  6. ヨウコ

    るう子さん。ゴムみたいに伸びたり縮んだり~、そういうのがいいのかもしれませんね。でも現実はなかなかそううまくいかないものなのかも。

  7. さとし

    下重の本読みました。
    うちと似ているかな。戦争経験のある親の世代に多いのではないでしょうか。私は中学卒業から一人で生きてきました。以来全く親族とは縁がありません。色々ありすぎました。もし一緒に関わっていたならたぶん私は罪を犯したと思います。暴力は何も生み出しません。なので下重さんは自分なりに相当なトラウマを背負ったのかもしれませんね。

  8. ヨウコ

    さとしさん。
    コメントありがとうございます。

    「私は中学卒業から一人で生きてきました。以来全く親族とは縁がありません。」

    そうなんですね。
    そういえば、うちの父は自分の親兄弟と一切付き合いをしていなかったので、私も幼い頃から親戚付き合いというものをあまり体験しませんでした。
    家族にはいろいろな形態がありますね。

  9. よっさん

    下重さん的に言うと私のつれあいは韓国籍で産まれ育ちも日本ですがやっぱりお国柄なのか家族の繋がりが濃いというか・・・
    正直うっとおしいです。
    こんなコメントをすると批判がくるかもしれませんが実際私は生活してみての本音です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。